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奥志賀高原ホテルにいってきた

2015年09月24日


このシルバーウィークに奥志賀高原ホテルにいってきた。

ってか、2泊しました。

ドライブがしたかったもので、下道で軽井沢まで行って、星野リゾート渋滞にハマった後、鬼押ハイウェーで万座温泉に抜けて、そこから渋峠を登って、渋峠を降りてくるというものすごいルートで。

そこまでしていきたかった、サマーシーズン終わりの志賀高原。

ぶっちゃけ、雪のない志賀高原でここまでゆっくり時間を過ごすなんてことなかった。

ぶっちゃけ、素晴らしい。

夏の志賀高原。

そして、奥志賀高原ホテル







奥志賀高原&志賀高原のホテルと言ったらグランフェニックスだけが話題を集めているけれど、いやいやどっこい、奥志賀高原ホテルも負けていませんでしたよ。

そりゃ、古いホテルですから、設備は負けています。

グランフェニックスにも、志賀高原プリンスホテルにも負けています。

でも、料理がうまかった。





びっくりするほど美味かった。

都内でも、このレベルのフレンチは味わえない。

オフシーズンだったので、宿代込みで一万数千円だったけれど、それを考えたら破格。

娘さんにもちゃんとコース料理でてきたしね。

食べる人の好みを聞いてしっかり作ってくれるしね。

連泊したから、二日目のディナーは初日のディナーの内容を反映したものだしね。

あのフレンチだけを楽しむために、渋峠を超える価値はあるよ。

まぁ、フツーなら信州中野から登ってくるけれどね。

で、なんでそんなんにお料理がすばらしいかというとベルナール・アンクティルが顧問として、味のチェックをしているからなのよね。

この人
4歳から料理の修業を始め、ミシュラン二つ星レストラン・ボー・セジュール、オペラのグラン・カフェ、ルノートル、ル・ルレ・ド・シャンゼリゼなどで料理の腕を磨きました。
縁あって、1975年に初来日。彼の名を冠した”ブラッセリー・ベルナール”を日本各地にオープン。1982年には、フランス大使館でのミッテラン大統領と昭和天皇の晩餐会で、その腕をふるいました。

なんですと。

さすがですわ。

あと、水が美味かった。

ソムリエのお兄さんに聞いたら、なんでも、志賀高原を流れる雑魚川を水源にしている水なんですと。

色んな所でいろんな水を飲んだけれど、今までの人生で一番うまかった水かもね。

おかげで、ばかみたいに水をおかわりしてしまいましたわ。

まぁ、水だけでなく、酒もかなりおかわりしたけれどねw

とくに、志賀高原の地ビールが美味かった。



志賀高原ビール ペールエール


Amazonでも購入できるんだから、いい時代だよねぇ。

でも、わざわざ買いに行きたい旨さだけれどね。

また、行きたいホテルですわ。
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ここ! 三井ガーデンホテル京都四条 京都旅を自由に!お気軽な素泊まりプラン!

2012年05月01日
三井ガーデンホテル京都四条 京都旅を自由に!お気軽な素泊まりプラン!


1部屋目: 6,350円(大人)×2名
小計: 12,700円

で、いいんじゃなかろうか?

素泊まりで。

山奥じゃないし。

場所は四条烏丸近辺だし。

でもって、

7時東京発ののぞみに乗ると、9時18分に京都駅着だし。

十分遊べるでしょう。

ちなみに、7時に東京駅に付くには

6時1分新越谷発w

わぁ〜い、早起きだw

まぁ、9時東京発か、10時東京発が妥当なところでしょうかね?

5時おきは辛いっす

スキーじゃないんだしw

スカイツリー祭り開催中

2012年03月21日


今日の二荒山神社

2011年08月15日




日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)は栃木県日光市にある神社。式内社(名神大社)、下野国一宮。社格は国幣中社。正式名称は二荒山神社であるが、宇都宮市の二荒山神社(ふたあらやまじんじゃ)との区別のために鎮座地を冠して日光二荒山神社と呼ばれる。



男体山登山はこちらからどうぞ。

今度登ってみたいですな。

今日のおくさん

2011年08月15日
ご機嫌です






お盆なので実家に泊まっていたら

六時過ぎに甥っ子に


「朝だよ〜ごはんだよ〜」

と起こされたため、8時には春日部を出発。

休日1000円なんて馬鹿な政策がなくなったため

快適な高速道路に戻っておりました。

値下げするのなら、いつでも1000円か、全部無料にしないとね。

そんなわけで、道が混む前に日光到着。

奥日光の観光スポットをくるくる回って、お昼過ぎには春日部到着!

奥様孝行ができてよかったですな

今日の湯滝そのに

2011年08月15日


今日の湯滝

2011年08月15日




湯滝(ゆだき)は、栃木県日光市奥日光地域の湯ノ湖から流れ落ちる滝である。落差50m、幅25m。華厳滝、竜頭の滝と並んで奥日光三名瀑のひとつとされている。


滝の手前500m位にある入り口で

係のおじさまが交通整理しております。

そんなわけで、駐車場が満車の場合は中にはいれません。

が、おかげで、華厳の滝や竜頭の滝のように超満員にならずに楽しめます。

こんどは中禅寺湖からトレッキングして上がってきたいものですな。

@築地本願寺

2011年07月18日
お祭りしてます。

民謡です



被災地の野菜を食べて応援

2011年04月29日
南相馬のニラと豆乳と厚揚げ(地元の有名な豆腐屋さんらしい)と、青森産のニンニク購入。

東京だから大丈夫

とか

東京でも危険

とか

そういう上から目線って、どーかと?

ま、ヒトソレゾレ

買った食材は美味しくいただきます



今日の体重

2011年04月20日


今日のオイワサンのお墓

2011年04月17日
うちの近所にあります

浅野サンの家のお墓と、オイワサンのお墓はとなりどおし


ちなみに浅野サンっても、アツコでも、ユウコでもない

タクミさんち

よく考えるとすごいわ





妙行寺|豊島区西巣鴨にある法華宗陣門流の寺院、四谷怪談お岩さんの墓所

今日のキティちゃん

2011年02月11日


今日のデモ

2011年01月29日
銀座でビバ!日本デモ



今日の初詣

2011年01月01日
初詣は神田明神。

珍しい

神田明神が元旦にこんなに混むなんて

商売繁盛の神様だから、仕事はじめの日にゲキコミするんだけど。

これもパワースポットブームの影響か?



秘境の秘湯へ

2010年12月05日
行ってきました。

秘境の秘湯へ。

北千住発のスペーシアで鬼怒川温泉駅まで行って、そこでレンタカー。

本数すくなくても、バスが出てるんだからバスでいいんでねぇか?

とおもったけれど、レンタカーで正解でした。

ってか、あの道をバスが通るのか?

まずは目指したのは、予約をとった民宿の先にある、川俣ダム。

高所恐怖症なのですが、ダム好きなので、行ってみたかったのですな。

が、そこに行くまでが大変だった。

「ダムを作るより先に道を作れよ!」

という状態でしたな。

久しぶりに泣きそうになりました。

林道じゃないのに。

夜だったら、やばかったね。

気分としてはラリーやってる感じでしたな。

ラリー。

「落石注意って書いてあるけれど、よけれないでしょ」

とは、奥さんのお言葉。

そりゃ、ヴィッツでいっぱいいっぱいに近い幅ですからね。

道幅。

ってか、本当にバスは通るのか?

という疑問を抱きながら、川俣ダム到着。


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DSC_0021 posted by (C)kanmani

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DSC_0020 posted by (C)kanmani

で、ここまで来ても宿へのチェックインの時間がまだまだ余裕があるので・・・

「先に進みたいなぁ・・・」

という欲望が。

で、向かった先は川俣温泉。

間欠泉でも見ようかと。

で、出発。

ちなみに道はもっと細くなり。

ヴィッツでも気を使わないといけないような箇所も。


大きな地図で見る

ここがストリートビューになったらすごいわなw

やっぱ、5ナンバーすごいよ

そして、すれ違う車は、いつしかジムニーだらけに!

マジで、バスは通るのか?

で、どうにか到着。

川俣温泉。

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DSC_0025 posted by (C)kanmani

間欠泉は50分間隔で吹き出ているのだと・・・

待ってみましょうかと思ったのですが、空からは雪。

あの道、雪積もったら無理だなぁ・・・ということで、帰路につきます。

ちなみにバスは川俣温泉より先の夫婦淵温泉まで行きます。

こんど、夫婦淵温泉まで行きましょう。

で、そこから奥鬼怒沼まで歩きましょう。

参加者募集します。

で、話は踊ります。

レンタカーにはオプションでスタッドレスを付けております。

文字通り、山を飛び、谷を超え、ようやく到着した、家康の里。

なんで、家康の里というかというと、これがあるから。

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DSC_0030 posted by (C)kanmani

栗山東照宮。


なんで、こんなモノがあるかというと・・・


『家康の里』を名乗るここ野門集落は、徳川三代将軍「家光公」の時代に野門村として、日光御神領に編入されました。慶応四年(1868年)に起こったいわゆる戊辰戦争の折、上野で敗れた彰義隊の残党が日光山に立てこもったと判断し、総攻撃をかけることになりました。混乱していたこの時期、会津方は、日光東照宮境内にある宿坊に祀ってあったと思われます。「徳川家康公の御神体」と「男体山三社神体」を密かに会津若松城(鶴ヶ城)に移して守ろうとしたが、途中鶴ヶ城がすでに攻撃されていることを知り、野門村に住む「小栗久右衛門(現在の一乃屋の5代前の先祖)に、『肥後守』より上の写真のお墨付とともに、象牙の白笏を授けて『守護職』を命じた。この事実を広く世に伝えんと昭和45年10月地元奉賛会が中心となり、栗山東照宮を設立。一般崇拝者の拝礼の対象としたものです。


これ、泊まった宿のサイトに書いてあることですな。

泊まったのは、ここね。


民宿 一乃屋


この宿、栗山東照宮の社務所もやっております。

かなりなリーズナボーなプライスだったのですが、温泉と、食事と、サービスは最高でした。

マジでもういっかい行こう。

そして、車を買うのなら5ナンバーだな。

やっぱ。

posted by (C)kanmani
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