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ナイルレストラン

2014年04月18日


ナイルレストラン

銀座には名店が多いわけで、前々から行きたいと思っておりました、ナイルレストランに遅めのランチに向かいました。

もう、遅めのランチなのに、ほぼ満席w

相席となったのは江戸前な感じのおじいさんで、どうやら常連さんらしい。

ちなみに、インド料理なのに、ナイルレストランな理由は、ナイルさんが始めたレストランだからなのよね。

A.M.ナイルさんって人が始めたのですが、なかなか波瀾万丈な人生を送るわけですよ。
インド独立運動参加
1905年に、イギリス領インド帝国のトラヴァンコール藩王国(現在のインド南部のケーララ州)ティルヴァナンタプラム(トリヴァンドラム)で、クシャトリヤ階級の母とバラモン階級の父のもと、10人兄弟の末子として生まれた[1]。高校在学中からインド独立運動や、カースト差別批判運動などに参加し、イギリス植民地当局から要注意人物として監視された。
日本へ


ラース・ビハリ・ボースと犬養毅、頭山満
1928年、かつて北海道帝国大学に留学していた5歳上の兄の熱心なすすめにより日本に留学することを決意し、京都帝国大学工学部に入学、土木工学を学ぶ。来日早々、東京府を拠点に活動していたインド独立運動家のラース・ビハーリー・ボースを訪ねている。その後、勉学の傍ら、日本におけるインド独立運動に精を注ぐ。
1932年に京都帝国大学を卒業、栗本鐵工所へ入社するも、インド独立運動家としての講演活動などが多忙となり退社。その後、ビハーリー・ボースの腹心となり、日本政府の上層部や荒木貞夫や田中隆吉などの軍上層部、頭山満や大川周明などのアジア独立主義者らと関係を結ぶ。これらの活動を受けて駐日イギリス大使館より要注意人物としてマークされ、インドへの帰国は事実上不可能となる。

ちなみに、日本に本格的なカレーを伝え、中村屋のカレーライスの元を作った(伝えた)のはラース・ビハーリー・ボースね。

で、スピーカーのBOSEの創業者はアマー・G・ボーズね。

きっと、ボーズってインドでよくある名前なのでしょう。

で、お昼に頼んだのは定番といわれるムルギーランチ。

鳥のもも肉とイエローライスが自慢のカレー。

運ばれてきた瞬間は、欲見る鳥のもも肉状態なのですが、店員さんがその場で解体してくれます。

「混ぜて食べてくださいね」ということなので、まぜまぜして食べていたら

「兄ちゃん、もっとよく混ぜないとダメだよ!!!!」と相席のご老人(常連さん)からのご指摘。

そんなわけで、必死にまぜまぜして食べる。

旨い。

辛いけれど、旨い。

量はすくねーんじゃね?なんて思ったのですが、コレがけっこうなボリューム。

で、汗だくになって完食。

お値段1500円。

テレビでお馴染みのナイルさん(2代目ネ、初代でないね)は入り口のところで、接客中。

ナイルレストラン
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