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銀座と資生堂

2016年10月19日

著者:戸矢理衣奈
発売元:新潮社

サブタイトルは"日本を「モダーン」にした会社"ですわ。日本最大の化粧品会社にして、銀座を代表する企業。なにしろ、銀座のどまんなかで今も昔も、化粧品だけでなく、ファッションや文化自体を発信し続けている会社なのですから。

そんな資生堂の歴史をわかりやすく紹介してくれた1冊ですな。

銀座にパーラーもあり、ギャラリーもある資生堂ですが、創業から50年くらいは「新橋資生堂」と名乗っていたんですってな。これは知らなくて、ちょっとびっくりしたのですけれど、日本の近代史を横においてみれば、なるほどなっとくなのですよ。だって、日本ではじめて鉄道が敷設されたのは新橋・横浜間なわけでして、今は東京駅が玄関口で、新橋はオヤジの街の代名詞だけれど、明治初期はそうじゃなかった。新橋が鉄道の玄関口だったわけですわ。

だからの「東京新橋資生堂」だった、と。

しかし、資生堂初代社長の福原信三は、この「東京新橋資生堂」というイメイージを「東京銀座資生堂」に変えていった、と。

なぜ、変えていったのか?

東京の中心地が新橋・汐留から東京・銀座に移ったから。

一言でまとめてしまうと物凄くシンプルだけれど、明治・大正・昭和の時代の流れに合わせた大変革だったわけですよ。ある程度、国のイメージや、都市のイメージが確立していた時代でいでもなかったわけですし、森ビルや、三菱地所のようなDeveloperもいなかったわけで、文字通り、手探りで、「散切り頭を叩いてみれば、文明開化の音がする」というじだいから、列強各国とやりあうまでに育っていったわけですよ。

そんなある意味、国策とも言える、まちづくりに資生堂は沿ってきた、と。

パーラーも、ギャラリーも、云うてしまえば、化粧品も、そんな時代の流れにそって生まれ、育ってきたのだということがよく分かる本ですわな。江戸時代的な価値観で、女性が外出して、おしゃれを楽しむ、着飾って観劇を楽しむって文化が生まれなければ、資生堂が販売するような化粧品はそもそも必要なかったりするわけでさ。

文化の香りをさせる化粧品会社なわけですけれど、黙っていたら文化の香りがするようになったわけじゃない、ということがよく分かる本ですわ。

いろいろと考えさせられる本なわけですわな。




銀座と資生堂―日本を「モダーン」にした会社―(新潮選書)

タイトル:銀座と資生堂
著者:戸矢理衣奈
発売元:新潮社
おすすめ度:☆☆☆(化粧品好きだけでなく、銀座好きにもおすすめできる1冊)
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イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑

2016年09月30日

文:宮澤優
絵:平野恵理子
発売元:原書房

平成になってもうすぐ30年なわけですが、そんな平成の世では忘れ去られてしまったような仕事が色々と解説されております。

が、昭和といっても、高度経済成長が始まるまでの時代の仕事が多いようで、「三丁目の夕日」や、「男はつらいよ」的な時代の話が満載でございます。

なんて、書いていますが、赤帽(宅配便ではなく、国鉄の主要駅で乗降客の手荷物を運ぶ人のこと)は上野駅では平成12年まで、東京駅では平成13年まで、岡山駅では平成19年まであったそうな。

このポーターさんこと、赤帽さん、日本へのインバウンド旅行者が増えた今の時代にはピッタリな仕事だと思うのですけれど、ね。

あと、「喜びも悲しみも幾歳月」のモデルとなった灯台守こと灯台職員も平成18年まで存在していたのだとな。

ちなみに灯台守がいた最後の灯台は長崎県女島灯台なんたとな。

クイズにでそうな話ですな。




イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑
タイトル:イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑
文:宮澤優
絵:平野恵理子
発売元:原書房
おすすめ度:☆☆(ある意味、日本の近現代ですな)

森鴎外の帝都地図 隠された地下網の秘密

2016年07月16日

著者:秋庭俊
発売元:洋泉社

実に面白い本。

東京の地下には謎が隠されている。その謎を森鴎外が残した地図をもとに解き明かそうと言う本。

まず、正確な地図はすぐ簡単に絵に入る。そんな前提条件をは捨てた方がよいね。そんなに簡単に手に入らないのよ。重要な軍事情報だからね。だから、Googleはすごい。

なんて話をハサミながら、森鴎外の地図のもとになった、そもそもの江戸の町を誰が作ったのか?というところまで、話は遡る。

太田道灌が町を開いて、今の江戸を作ったのは徳川家康でしょということになるのだけれど、江戸の町割りはだれが考え、日比谷の入江を埋めさせたのは誰なのか?というところに話が及びますル。

この本では、それを三浦按針と、ヤン・ヨーステンであるとしているのですな。オランダ流の築城方法に良くにているとな。

基本は埋め立て地であり、地下であり、水道である、と。巨大な地下通路が江戸の町に張り巡らされていた、と。巨大な地下空間があったから、あっという間に地下鉄だってできちゃうのさ、と。

そんなリアルと空想がいい塩梅にまとめられた一冊。



森鴎外の「帝都地図」 隠された地下網の秘密


タイトル:森鴎外の帝都地図 隠された地下網の秘密
著者:秋庭俊
発売元:洋泉社
おすすめ度:⭐⭐⭐(面白い)

マッカーサーと日本占領

2016年07月12日

著者:半藤一利
発売元:PHP


日本の昭和史を語らせたら右に出るものがいない半藤一利の本。

今回はマッカーサー元帥の日本統治にスポットを当てました、と。

マッカーサーと昭和天皇が並んで写っているあの有名な写真、実はスリーテイク目の写真だったのね。

半藤一利的には日本国憲法とマッカーサーの思い(マッカーサーは日本を太平洋のスイスにしたかったのだと)を重ね合わせて伝えたかったのでしょうが、私はマッカーサーの歴史というか、成り立ちというか、生い立ちに興味が引かれましたな。

アメリカ南部出身の裕福な軍人の息子がマッカーサー。マッカーサーの部下がトルーマンだったのな。



マッカーサーと日本占領


タイトル:マッカーサーと日本占領
著者:半藤一利
発売元:PHP
おすすめ度:⭐⭐(うむ。。)

東京今昔物語

2016年06月10日
著者:東京都不動産鑑定士協会
発売元:実業之日本社

この本、素晴らしい。東京の歴史というか、都市計画がよくわかるのですよ。

それそれの街にゆかりのある企業が、自社の歴史を踏まえて、街の歴史を語っているのが良い。自社の歴史=街の歴史をなので、自分マンセーになっていないのがよい。

登場というか、紹介されているのは

銀座と資生堂の歩み
丸の内の街と三菱地所の歩み
日比谷の街と帝国ホテルの歩み
恵比寿の街とサッポロビールの歩み
田園調布と東京急行電鉄の歩み
新宿の街と中村屋の歩み
超高層ビルと三井不動産の歩み
明治神宮外苑と明治記念館の歩み
日比谷公園と松本楼
国立学園都市開発と西武グループの歩み
虎ノ門神谷町界隈とホテルオークラ東京の歩み
赤坂界隈と虎屋の歩み
浅草橋界隈と吉徳
葛飾とタカラトミー
「都市をつくり、都市を育む」森ビルの歩み
石川島、豊洲とIHI
京橋と味の素社の歩み
浅草界隈とマルベル堂の歩み

やっぱ、街が会社をつくり、会社が街を作るんだな。

ちなみに、明治五年に銀座の街が整備される時には、ちゃんと道路計画がたてられていたんだよ。

煉瓦街の建築計画では、面する道路の広さにあわせて家屋も3等級に分けていた。一等家屋は十五間(27メートル)幅道路に面した2階建てで、二等家屋は八間(14.5メートル)幅道路に面した2階建てで、三等家屋は三間(5.5メートル)道路に面した平屋建てとし、それぞれ長屋型の連携屋形式とされた。

もうさ、21世紀になっているのに、クルマ一台分の幅もない道路に面した家に住んでいるて、どうなの?とおもう。

個人的に都心や、街中には全く住みたくない(山手線の内側に6年住んだ結論)のですが、じゃあ、どんな田園都市が良いのかと言うと、日本ではじめて田園都市開発を行った東急は、田園都市の定義を以下のようにしている。

1 土地高燥にて大気清純なること
2 地質良好にして樹木多きこと
3 面積少なくとも十万坪をゆうすること
4 一時間以内に都心の中心地に到着し得すべき交通機関を有すること
5 電信、電話、電灯、瓦斯、水道等をの完整させること
6 病院、学校、娯楽部等の設備あること
7 消費組合の如き社会的施設も有すること
8


なんだと。

やっぱ、ゴミゴミした街じゃダメなんだよな。

ちなみに、日比谷公園はその計画の段階から「やっぱ、都心にも緑溢れる公園が無いと環境悪くなっちゃうよね」という考えが含まれていたそうな。

もう、ダメダメだな。戦後の日本。ゆとりある街作りがなされていれば、今発生している問題の多くは解決できているのにな。



東京今昔物語


タイトル: 東京今昔物語
著者:東京都不動産鑑定士協会
発売元:実業之日本社
おすすめ度:⭐⭐⭐⭐(良い本です)

ロックフェラー家と日本

2016年05月26日

著者:加藤幹雄
発売元:岩波書店

アメリカのビリオネアで、名門一族であるロックフェラー家と日本の関係を、淡々と綴った1冊。

個人的にはロックフェラー家と日本の著名人(昭和天皇や豊田章男社長を含む)の関係性よりも、ロックフェラー家、そのものの歴史が非常に面白かった。

陰謀厨な方々にとって、ロックフェラー家と言ったら、ネオコンと安倍晋三とともに世界を操るユダヤ資本にくくられてしまいそうですが、ロックフェラー家ってドイツ系なのね。もともとの名前はロッゲンフェルダー。ドイツのライン地方に住んでいたらしいのですが、もっと遡るとフランスのロクフイユ一族までたどり着くんだってな。カトリックではなく、プロテスタントのユグノー一派で、フランス→ドイツ→アメリカと移住してきたんだとな。

そして、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神を地で行くような教育方針がロックフェラー家にはあるんだとな。

そんなロックフェラー家の精神が受け継がれている国際基督教大学に行けばよかった。。。と、この本を読んだら思いましたな。偏差値28のFラン・ミッション系大学などではなく。



ロックフェラー家と日本――日米交流をつむいだ人々


タイトル:ロックフェラー家と日本
著者:加藤幹雄
発売元:岩波書店
おすすめ度:☆☆(ある意味世界史の教科書ですな)

最強の成功哲学書 世界史

2016年05月14日
著者:神野正史
発売元:ダイヤモンド社

著者は河合塾の講師。読み終わったあとに知りました。

だからなのね。この中途半端さ。誰に向けてナニを伝えたいのかが、いまいちよくわかりませんでした。

歴史「を」学べではなく、歴史「に」学べ、という考え方には非常に共感できるのに。

司馬遼太郎や、塩野七生を読みまくっている歴史好きビジネスマンは無視していいので、「アラサーでこれからの人生に迷っている人」や、「社会人になりたての人」や「大学生」、「予備校生」とターゲットを絞り込んで、書き直したら、ものすごく良い本になると思うのに・・・。

読んでいてそれが歯がゆかった!山川の教科書を目指しているのか?司馬遼太郎や、塩野七生の世界を目指しているのか?はたまた違うのか?そこばかり気になってしまいましたわ。




最強の成功哲学書 世界史

タイトル:最強の成功哲学書 世界史
著者:神野正史
発売元:ダイヤモンド社
おすすめ度:☆(おしい!)

第二次世界大戦外交史 下巻

2016年05月04日

著者:芦田均
発売元:岩波書店

いや~ものすごく良い本ですわ。超大作なんですけれど、一気に読んでしまいました。

本書を読むと、戦争というのは外交交渉の一環であるということがよくわかります。いや、外交交渉じゃないな。交渉だな。国内、国外問わず、戦争というのは交渉の手段。ツールの1つ。決して目的じゃない。

それがよく分かる。

そして、つまるところ「戦争単体で戦争を考えては」ダメだということがよくわかりますわ。ダメ!絶対!で、絶対にやってはダメなんですが、戦争を脳裏の片隅に置きながら交渉事を行わないとダメだな、と。

そこで、はじめてリアリズムが生まれる、と。

まぁ、戦争が目の前、ど真正面にあっても、日本には全くリアリズムがなかった。だから、脳裏の片隅においておいても無理なんじゃね?という自己批判が出てきてしまうのですがね。

そんな本書は上巻の続き。ハル・ノートのやりとりから、太平洋戦争集結までのお話でございます。

そのハル・ノートを日本側は「アメリカの最後通告だ!」と判断して、一気に戦争に舵を切っていったんですけれど、アメリカ側にとっは「最後通告じゃ、ありませんわ」という状態だったことが、よくわかりますわ。

たとえば、29ページ。
アメリカのこの提案に述べられている極東の政治的、社会的秩序は、日本がこれまで夢見てきたものと真っ向から衝突するものであった。アメリカの構想は、相互の独立と安全を尊重し、相互に平等の立場で相接し、通称を行う秩序ある平等の諸国家間の国際的社会であった。ところが日本の構想は、日本が極東の安定的中心力となるのである。

多国間の安全保障でやっていきましょうよ、というのがアメリカのスタンス。いやいや、極東は日本に任せなさいよ、というのが日本のスタンス。

アメリカ許すまじ!って日本がなったらしいのだけれど、アメリカのスタンスは

それに対してアメリカ側のいうことは、日本が武力によって占領している地域を除いては、日本はいかなる地域の資源をも放棄するように要請されていないし、日本の独立はなんら脅かされるわけではない。日本の陸海空軍は依然として在置されるわけであった。日本が諸外国と通商する機会は回復されるはずであった。

で、あったと(31ページ)。まぁ、これだけを読むと「最後通告じゃなかろう」と思ってしまうのだけれど、それは21世紀に生きている人間だからなんでしょうな。当時の首相が「だよね」と思ってアメリカと交渉しても、軍部に殺されていたのでしょうから。そんな内部事情を考慮すると、最後通告になっちゃうのかしら、と。


しっかし、交渉も下手なら、未投資が超甘い中で、戦争をおっぱじめてしまったんだなぁ・・・という記述があっちこっちに出てくるのですよ。

たとえば、70ページ。
終戦後にアメリカの爆撃調査団が、我が国の資料に基づいて調査した書類によれば、日本の戦争計画の基礎判断は大体次のようなものだったといっている。

一、ドイツがソ連に勝てば、北方からに脅威は心配がない
二、イギリスは全く守勢の立場にあって、全戦争能力は英本土の守備にあてざるをえない
三、緒戦におけるアメリカの兵力、ことに空軍は劣勢であるから、日本はビルマ、スマトラ、ジャヴァ、ニューギニア、ビスマーク諸島、ギルバート諸島、マーシャル諸島、ウェーク島、千島を防衛線とする一定地域を占領しうる
四、中国はビルマ公路の遮断によって孤立せしめられ、和平を求めざるをえない
五、アメリカは対英援助の必要と真珠湾の攻撃のため、一年半ないし二ヵ年は攻撃に出られない。その間に日本は前記防衛線を強化しうる
六、この地域の防衛線によって敵の戦意を弱化せしめつつ、その間に各地域の戦略物資の開発により戦力の増強をはかる
七、連合国を失い、日本の頑強な抵抗にあって、アメリカは民主主義政治の弱点から、全力を上げた攻撃作戦はできず、結局当初の占領地域の相当部分を日本が保有することを認めて妥協するに至るであろう


なにこの、盆と正月とクリスマスが一緒にやってきてはじめて「勝てる」という条件はww こんな甘い見通しだったと知ってびっくりデスわ。

更に言うと、日本以外の国と地域、それこそ植民地だったフィリピンも、インドシナも「戦争は外交・内政の手段」という認識があったのに、日本には無かったのがびっくりデスよ。勝って兜の緒を締めよ、どころか、「の条件をみたすと勝利なのかしら?」と思ってしまいますわ。

その記述が152ページ。
しかしながら、この経済面においてもまた日本は大きな誤謬を犯した。すなわち連合軍潜水艦作戦による海上輸送の破壊の結果、物資交流が全く計画の齟齬を来したのもさることながら、経済政策の本質からいって、印刷機によって際限なき発行を許された紙幣が各地を例外なくインフレーションの波に巻き込み、一切の経済秩序と計画とを全く水泡に帰せしめてしまったのである。

占領した後のこと、ナニも考えていないんだもんな。
ナニをもって、終戦なのか?の定義すらしていないで、戦争をおっぱじめてしまったんだなぁと、マジでびっくりデスわな。

そりゃ、ルーズベルトが死んだら、「戦争に勝った!」と思ってしまうわけですよ。戦国大名じゃないのに。

で、そんな本書には、(たぶん)正しい歴史が書かれている(と思われる)のですよ。

たとえば「ルーズベルトは日本が奇襲攻撃をかけるっていうのを知っていた」って都市伝説がありますが、これ、半分正解で、半分間違えということがわかった。

そんな記述は21ページにある。

スティムソンの手記によれば、「大統領は、日本人は元来警告なしに攻撃を始めることで有名であるから、アメリカはおそらく、目の前に迫った、十二月一日の月曜日あたりに攻撃を受ける可能性があると指摘して、いかにこれに対処すべきかを問題にした。当面の問題は、いかにして、アメリカに大きな危険をもたらすことなく、日本から進んで攻撃の最初の火ぶたを切らせるかということであった」(スティムソン日記、一九四一年十一月二十五日の項

もう、「日本=奇襲攻撃」ってイメージがあったのなw でも、残念。日付が違っていた。そして、場所もハワイだと思っていなかった(フィリピンとか、そっちだと予測していたらしい)。これは、「暗号が漏れていた」のじゃなくて、「日本はそういう国だと思われていた」ってことなんだよな。

あと、シベリア抑留の問題とかあるから、「ソ連は勝手に中立条約を破って満州に攻め込んできた」と、ずっと思っていたのですが、そうじゃなかった。

361ページ
一九四五年が明けても日本もドイツも戦況はますます窮迫を告げた。ことに三月以降になると、ソ連の大兵力がシベリア線を経て極東に輸送されれいる状況に容易ならぬ風雲を思わせた。その際、四月五日にソ連は日ソ中立条約の破棄を通告してきたのである。

ちゃんと、事前に「破棄しますよ~」と告知していた。これで「ソ連が悪い!」ってよく言えたもんだな、と思いますわ。

そんな歴史の真実を知るのに最高の本だね。中学生の夏の課題図書に持って来いだと思いますわ。



第二次世界大戦外交史(下) (岩波文庫)


タイトル:第二次世界大戦外交史 下巻
著者:芦田均
発売元:岩波書店
おすすめ度:☆☆☆☆☆(最高!)

第二次世界大戦外交史 上巻

2016年05月01日


著者:芦田均
発売元:岩波書店

元総理であり、元外交官である芦田均が、第二次大戦勃発前からの外交を取りまとめた手記。ものすごくよい。超良い。こうやって包括的に世界情勢を見なきゃダメなんだね、ということを教えてくれる1冊です。

超大作なので、上下巻に分かれております。上巻は1939年のポーランド分割戦争から東條内閣誕生までですな。

もうさ、日本のリベラル畑な方々って、「戦争。ダメ絶対」で思考停止になっちゃっているから、そういう方々に戦前の話や、戦中の話を聞いてもナニも真実を教えてくれないわけですよ。そして、残念なことに日本のリベラルな方々って、教育方面に多数存在しているから、そりゃ、日本の教育はおかしなことになるよなぁ。とくに、文系の教育ってダメなことになるよなぁ。。。。

と、バリバリ文系のぼくは思うわけですよ。バリバリ文系の方々は、こうやって様々な方向から情報を仕入れないとダメだね。間違いなく洗脳されて、ダメ人間になるね。

とくに、この本のような一次情報に近い書籍を読まないとダメだよなぁ。で、「この本の内容がおかしい」と思うようになったら、チャーチルとか、ルーズベルトとか、トルーマンの手記を読むんだよな。

絶対に、アベガ-ジミンガーと騒いているような方々の本ばかりを呼んじゃダメだということがわかる。いや、読むなとは言っていない。こういう本を読んで「ははは・・・」と感じるためには読むべきであるのよね。

で、内容の話。

「アベガ-ジミンガー」と騒いでいる方々にとっては、ヒトラーは好戦的で、戦争大好きな人間だということになっているわけで、そして、そんなヒトラーと同名を結んだ戦前の日本は同じ扱いを受けるわけなんだけれど、そうじゃないということがわかったりするのですわな。


それは、41ページ。
ヒトラーはさらに十月三日にベルリンの国会で演説して平和の提案をくり返し、英仏に対して戦う理由はないが、ヴェルサイユ会議で奪われた旧植民地は返還せられるべきであると述べた。

ヒトラーだって、その国力を考えたら、無尽蔵に戦争を行えるわけがないことを知っていた。だけれど、読みが甘かった。アメリカとか、イギリスに、ヨーロッパ大陸の出来事を仲裁してもらおうなんて思っていたのよね。

アメリカだって、イギリスだって、そんなことはしなかったわけだけれど。

そういう読みの甘さがたくさんあった。

そして、その読みの甘さは日本にもあった。日本は今で言う韓国のようにコウモリ外交を行っていたのですよ。アメリカ・イギリスの連合国側と、ドイツ・イタリアの枢軸国側と。連合国側から有利な条件を引き出そうとして、ドイツを利用するのだけれど、逆にドイツに利用されていくといったということが、この本を読むとよく分かる。

ドイツと同名を結んだって、ヨーロッパの戦争とは距離をおいておきたかったのだけれど、そう行かなくなってしまった。ズルズルと引っ張られてしまった。まぁ、これは読みが甘いというよりも、日本政府と、帝国陸軍との仲の悪さというのもあるんだけれどね。

で、なんでそんなに仲が悪くなってしまったというか、軍部が暴走してしまった(ここに関しては「アベガ-ジミンガー」の方々と意見は一緒ですw)かというと、明治憲法に欠点があったからなわけですよ。憲法の欠点って修正しておかないと大変なことになるというのが、第二次大戦の最大の教訓だと思うんだけれど、そのへんは「アベガ-ジミンガー」の方々とは意見が相容れないんだよなぁ。

憲法至上主義だからなぁ・・・憲法原理主義だからなぁ・・・。


とはいっても、世の中の、主流と全く違うことを言っているかというと、そうでもない。
たとえば、74ページに
ことにヒトラー、ムッソリーニの現状打破論が勢いを得て来たことは日本の国内情勢に大きな波紋を投ずる結果となった。いわゆる「持つもの」と「持たざるもの」との抗争は、必然的に国際連盟機構を爆破するに至るものと見て、それらの思想的潮流が疑いもなく満州事変や太平洋戦争を惹き起こす一つの要因となったのである。
ある、これ。これは「なぜ、第二次世界大戦が起きたのか?」という現在の統一見解に近いものですよ。

あと、第十四章「日独伊三国軍事同盟の締結」の第一項にある「軍閥の走狗となった近衛松岡」とかもね。

しかしね、第十四章「日独伊三国軍事同盟の締結」第四項「帝国議会の翼賛会批判」とあるんだよね。大政翼賛会が近衛とか軍部とかが力づくで導入したように語られているのだけれど、そうじゃないってことが書かれている。無論オムロン、帝国議会が大政翼賛会を批判したということもね。

と、こんな感じに、戦争を起こした日本のどまんなかにいた人間が、「なぜ、日本が戦争を起こしたのか?」を、一般読者にもわかるように、その事実をまとめた1冊です。

歴史的価値のある1冊ですよ。マジで。



第二次世界大戦外交史(上) (岩波文庫)


タイトル:第二次世界大戦外交史 上巻
著者:芦田均
発売元:岩波書店
おすすめ度:☆☆☆☆☆(名著ですわ)

不確かな正義

2016年04月11日


著者:戸谷由麻
発売元:岩波書店

東京裁判のA級戦犯ではなく、BC級戦犯についての裁判記録をまとめた1冊。A級戦犯が戦争犯罪とか、云々かんぬんとか、ある意味偉そうな、抽象的な話だったりするけれど、B級C級はリアルな戦争犯罪というか、普通の犯罪についてさばいたものだったりする。

一般的な刑法犯剤に当てはまりそうな物が多かったりするのがBC級戦犯のお話。大日本帝国マンセー!な方々には受け入れられにくいかもしれないけれど、まぁ、日本軍はあっちこっちで悪さをしていたのは事実なわけで、それを受け入れる、知るということは重要ですよね、ということがわかりますわ。

でもさ、最近騒がれているような犯罪なんて、出てこなかったりするんだよな。なぜだかね。

一方、捕虜に対する虐待なんかは、たくさんたくさん出てくるのよね。

で、こういう話(捕虜に対する虐待や、占領地での強盗行為など)は、今の戦場でもある話だと思うのだよな。そういう、戦場の犯罪を起こさない、抑止するためにもBC級戦犯の記録を学ぶ必要があるんじゃねーの?と思った次第であります。

まぁ、戦争を起こさないのが一番なんだけれどね。



不確かな正義――BC級戦犯裁判の軌跡


タイトル:不確かな正義
著者:戸谷由麻
発売元:岩波書店
おすすめ度:☆☆☆(戦争はないほうが良いね)

帝国議会

2016年04月07日

著者:村瀬信一
発売元:講談社

最近の日本は言論統制が激しく、戦前の話を少しでもしようとすると、「あべがー」とか、「ひとらーがー」とか、「ぐんくつのあしおとがー」と騒ぎ立てる方々が大量にいて、嫌な感じですわ。そんな時代にあって、こういう本が出てくるというのが素晴らしいですわ。

サブタイトルは「戦前民主主義の五十七年」。

これだけで「ぐんくつのあしおとがー」な方々から、飽和攻撃を食らいそうですわw

まぁ、そんな方はさておき、ちゃんと、戦前にも民主主義があったんだよね、ということが、よく分かる本ですわ。いや、戦前に民主主義というラベルを貼ると、反政府組織扱いされるので、民本主義というラベルでしたけれどね。そんな戦前の議会制度や、選挙制度、戦前の政治家に必要な能力、そして、敗戦後の議会についてがまとめられている本でございます。




帝国議会 〈戦前民主主義〉の五七年 (講談社選書メチエ)

タイトル:帝国議会
著者:村瀬信一
発売元:講談社
おすすめ度:☆(でも、ちょっと難しい)

歴史群像 2015.8月号

2016年03月15日


発売元:学研

今月号の特集は「戦争の潮目はこの時変わった」ですな。まるで歴史ヒストリアですわ。紹介されているのは、ブーゲンビル島沖航空戦、東部ニューギニア攻防戦、失われた戦争終結への道ですわ。

特に面白かった記事は「昭和18年秋ブーゲンビル島沖航空戦」と言う記事ですね。この記事の中にありました・・・


日本海軍の軍備には他国には無い特徴がある。それは水上艦艇、潜水艦兵力の他に、洋上決戦において敵主力艦隊に攻撃を加える強力な陸上基地航空部隊を、海軍が自前の軍備として持っていたことである。
このような特徴的な軍備は、日本海軍の歴史の中で自然に生まれ育ったものではない。海軍航空隊発祥の時点ではそのような構想はまったく存在せず、その後の発展期にも大型陸上機兵力の整備は計画されていない。海軍の大型航空機といえばもっぱら飛行艇、あるいは飛行船を意味していた。
航空母艦の艦上機ではなく、陸上基地から発信する大型機が投下する大型魚雷、大型爆弾を打撃力の中心に置くという構想へ海軍航空隊が転換するきっかけとなったのは、昭和5年(1930年)のロンドン会議で決定した補助艦艇保有制限だった。


へ~でありますわ。

ロンドン海軍軍縮会議は知っていましたよ。日本の補助艦全体の保有率を対米比、6.975とすることが決定された軍縮会議なわけですよ。核兵器が登場する以前、超強力な破壊兵器と言ったら、戦艦だったわけですよ。大艦巨砲主義の時代だからこそ、軍縮と言ったら、戦艦の保有関数を制限することだったんですわな。

でも、制限されたのは戦艦や、駆逐艦、空母、巡洋艦、潜水艦であって、海軍が保有する攻撃機は含まれなかった。

「だったら、海軍が巨大な攻撃力をもつ陸上航空隊を持てばいいんじゃね?空母は制限されているけれど、陸上機地は制限されていないし」と。

素直に、すげぇなぁ・・・と思ってしまいましたわ。ま、とは言えそんなにすぐに軍備が整うわけがなかったんだけれどね。とはいえ、どんなルールでも好きはあるってことを教えてもらえた記事でしたわな。

で、そんな今月号を読んでいたら

『ニューギニアの戦いの真相を理解する』



を読みたくなりましたな。



歴史群像 2015年 08 月号 [雑誌]

タイトル:歴史群像 2015.8月号
発売元:学研
おすすめ度:☆☆☆(ですな)

戦争と万博

2016年03月07日

著者:椹木野衣
発売元:美術出版

戦争とオリンピック・・・だと思って読んでみたら、間違っていましたね。万博でしたね。でも、万博にも、オリンピックにも共通点があるわけですよ。国威高揚。国民の団結力を図ることと、海外に向かって国の力を見せつけるってことが目的。

そのコンセプトで開催される・・・予定だったのが皇紀2600年に開催予定だった東京オリンピック。

1940年開催のオリンピックですわね。まぁ、このオリンピック自体が戦争の影響で開催が無期限延期となってしまったわけですが。が、この幻の東京オリンピック以外にも、国威高揚のためにオリンピックは開催されたわけですよ。ベルリン・オリンピックとか、モスクワオリンピックとか、ソウル・オリンピックも、北京オリンピックも、開催された東京オリンピックも、そうなのですよ。

で、多分ですが、昔々においては、万国博覧会も、オリンピックも正しい目的で、別々の方向に向かっていたはずなんですよ。それが、同一の目的になってしまったと、と。

では、いつ同一の目的となってしまったのが?それが、紀元2600年、昭和15年、西暦1940年に開催予定だった東京オリンピックと、日本大博覧会からだ、と。極東の島国で、100年前(1940年からね)は完璧に江戸時代で、先進国でも何でもなかった日本が、欧米列強に追い越せ追いつけで、追いついた、並んだ。それを世界にアピールするために行なうはずだったのが東京オリンピックと日本万国博覧会だった、と。

それは147ページに記載されている。

そんなこともあってか、敗戦後、紀元二六〇〇年博が計画された当時、商工省博覧会管理課課長であった豊田雅孝参議院議員が一九六四年、自民党政務調査会の貿易対策特別委員会で万国博の日本開催を再度、提案する。この間の経緯について、『日本万国博覧会公式記録』は(昭和)「四十五年(一九七〇年)、我が国にとって開国約一〇〇年にあたり、国際社会に仲間入りして、一世紀の努力を振返り、さらに積極的に人類文化の発展に寄与する目的で、未来を展望するにが適当な時期であった」と記している。
つまり大阪万博は、日本国にとって二重の意味で象徴的異議を持っていた。ひとつは、それが明治維新によって近代化を果たして以来、百年の計を総括する意味を持つということ(=近代化は成功であった、と明示すること)。第二に、紀元二六〇〇年博の開催に挫折した万国博を「復興」することによって、「敗戦」の事実を帳消しにするということ(戦前の大国主義の栄光は回復された、と明言すること)、以上の二点である。万博開催の最初のきっかけが、紀元二六〇〇年博の旧スタッフによって俎上に載せられ、戦時中には「軍需省」であった通産省によって推進されたことは、大阪万博の「進歩と調和」の陰に、十五年戦争で中断された定刻の維新回復の陰が見え隠れしていることを、如実に物語っている。


この箇所を読んでいて、思いついたのは高度経済成長期の日本ではなく、中国でしたね。開放改革路線によって、鉄のカーテンの向こう側から、こちら側に移動してきた中国。その中国が国際社会の仲間入りをするために行ったのが、北京オリンピックと上海万博。万博もオリンピックも国威高揚のために行うものだけれど、その二つを抱き合わせて、相乗効果を生み最初に生み出そうとしたのは、中国ではなくて、日本だった、と。

2020年の東京オリンピックではメインスタジアムのデザインが話題になっているけれど、大阪万博の時もデザインが話題になっていました。この本によると、戦後日本における現代芸術の最高到達点だったらしい。そして、大阪万博のデザインと言ってすぐに出てくるのは岡本太郎と、丹下健三。21世紀にあっては太陽の塔の岡本太郎のほうが一般的にはメジャーですが、当時は代々木体育館をデザインした丹下健三のほうがメジャーだったのです。

何しろ丹下健三は、代々木体育館をデザインした以外に、東京カテドラル聖マリア大聖堂や、広島平和記念公園までもデザインしているわけです。もっといえば、戦前、「大東亜建設記念営造物コンペ」に参加し、「大東亜道路を主軸としたる記念営造計画-主として大東亜建設忠霊神域計画-」で一気に名前を上げたのが丹下健三だったのですから。21世紀から戦前と言ったらはるか昔ですが、1960年代における戦前といったら、つい最近。そんな丹下健三がデザインした大阪万博の建物が大屋根なわけです。大阪万博、日本万国博覧会のシンボルゾーンに存在する建物を丹下健三がデザインするのだから、話題にならないわけがない。まぁ、そんな大屋根を突き破る太陽の塔を作り上げたのは岡本太郎ですけれど。


戦前から戦後にかけて日本建築会のトップに君臨した丹下健三。その丹下健三の根本にあるものを表現したのが「大東亜コンペ(大東亜建設記念造営計画)」なんですと。このコンペで1位を獲得した丹下の「大東亜建設忠霊神域計画」に流れる「東京都富士を道路と鉄道でつなぎ、間に大東亜共栄圏の政治の中枢、つまり”首都”を起き、さらに大東亜共栄圏建設に殉じた忠霊を祀る神域を建設する」という考え方が、大屋根だけでなく、万博全体に突き通されているのだとな。

だから、それを感じ取った岡本太郎が、太陽の塔で、その屋根を破った、と。

日本の近現代史を語る場合、どんな方向から語るとしても、ネックになるのが戦争である。戦争の前と後では歴史が完全に分断されてしまっている。そのほうが諸々都合が良い人が多かったから、そうやって歴史が語られるのでしょう。

しかし、実際はそうではない。歴史はつながっている。間にどんな出来事が起きようともつながっている。そんなことを教えてくれる1冊ですね。

さて、2020年の東京オリンピックは、何が裏テーマとなるのでしょうか?




戦争と万博

タイトル:戦争と万博
著者:椹木野衣
発売元:美術出版
おすすめ度;☆☆☆(面白かったけれど、自分の頭のなかが整理できない!)

歴史群像 2014年6月号

2016年03月05日


発売元:学研

今月号のカバーは「検証 敗因は技術力の差にあらず!本土防空戦」ですわ。世の中都市伝説のように語られていることをそのまま信じちゃダメだよね、と。ちゃんと検証というか、裏取りをしないとダメだよね、と。

B29といえば高度1万メートルでの飛行が自慢で、日本にはそんな高高度にまで飛行できる航空機も、高高度までに届く高射砲もなかった、だから負けた・・・なんて語られていますけれど、そうじゃなかった、と。B29が1万メートルを飛行できるのは事実だけれど、それはカタログスペック。実用上昇限度は1万240メートルだけれど、経済巡航高度は7620メートルで345キロ。そして、B29が飛び立つのは西安やサイパン。2000キロ以上の距離を飛んできたわけだ。

カタログスペックの限界値で飛び続けることなどできるわけ無い。

そして、高度が高くなればなるほど、爆撃の精度が下がるわけだから、爆撃精度を上げるためには高度を下げる必要がある。そんなB29を二式複座戦闘機屠龍は、かもにしていた。結構な数を撃墜させることができた。

のに、東京はB29によって焼け野原となってしまった。

それは、なぜか?

純粋に、追撃する時間が身近すぎたからなんだとさ。東京守るレーダは硫黄島や、父島、三宅島に設置され、そして、下田や、銚子といった本土にも設置された。この設置のしかたがダメだったんだと。三宅島は父島や硫黄島より離れすぎており、東京には近かった。父島〜三宅島に存在する情報空白地帯にB29が入ってしまうと、どこが爆撃対象になるのかわからなかった。東京からわずか260kmしか離れていない三宅島でB29を捕捉できたとしても、そこから都心まで1時間弱。確実な追撃体制を整えるには、時間が足りなすぎたから、東京は焼け野原になってしまったんだとな。

まぁ、東京周辺にあった飛行機工場をまず叩いて、東京周辺から飛行機の機体数を減らしていたって、事前準備のおかげも、ありますがな。

まぁ、常識的に語られている都市伝説を、そのまま信じているとろくな事にならないってことは確かですな。

そんな今月号を読んでいたら

『冬戦争』




を読みたくなりましたな。



歴史群像 2014年 06月号 [雑誌]


タイトル:歴史群像 2014年6月号
発売元:学研
おすすめ度:☆☆☆(ですな)

植民地共和国フランス

2016年03月02日


著者:N.バンセル、P.ブランシャール、F.ヴェルジェス
翻訳:平野千果子、菊池恵介
発売元:岩波書店

フランスというのは、現在、もっとも海外領土や、海外県を有している国なのです。大英帝国よりも、アメリカよりも、ポルトガルやスペインよりも、海外に領土を持っている。そんな海外の領土は、つまり、昔の植民地。

フランスは、なぜにいまも植民地を持ち続けることができるのか?いや、植民地じゃないけれどね。その謎が知りたくて読んでみた。

のだけれど、「そもそもなんで植民地が出来たのか?」「植民地を統治する理由ってなんだったのでしょう?」というところが徐々に知りたくなってきた。だって、フランスって、第二次大戦後、日本がインドシナ半島から撤退したからって、再度やってきたんだよ。今のヴェトナムを再占領したんだよ。

なぜ、そんなことが出来たのか?

その答えっぽいことが51ページに書いてあった。

植民地権力とは、つねに「命令」と支配という論理を含みもつものである。この点についてはカメルーン出身のポストコロニアルの理論化アシル・ムベンベが、また時代を遡ればすでにマルチニック生まれの詩人で政治家のエメ・セゼールが、大変良く示している。統治する、命令する、文明化する、というのはこの論理の3つの側面である。命令とは、「人間にも、事柄にも、いわゆる公共の分野にも適用される主権の形態である。それは絶えず道徳と経済と政治についての要請をないまぜにしている」。植民地化は、植民地支配下においた者たちの道徳的行動を変え、労働させ、服従させることをめざしている。植民地国家は万人に幸福をもたらすと自任するのだが、被植民者の幸福とは、隷属の状態を受け入れ、支配者の命令に服することとされる。もし反抗しようものなら、隷従を強い、必要に応じて罰しなければなるまい。なぜならフランツ・ファノンが指摘するように、被植民者は構造の面から考えても、また生理学的にも、精神分析的にも、植民地化という行為の意味を理解することが出来ないとされるからである。

すげぇ上からめさんの物言いだな、と思いつつも、これが20世紀中頃までの一般的な考え方だったんだなと思うと、びっくりしてしまう今日このごろですわ。



植民地共和国フランス


タイトル:植民地共和国フランス
著者:N.バンセル、P.ブランシャール、F.ヴェルジェス
翻訳:平野千果子、菊池恵介
発売元:岩波書店
おすすめ度:☆☆(自国のことを知って海外のことも知らねばね)
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